2020年7月27日月曜日

生きている間に起こること、そのすべて

すべては、経験のためだ。
経験を積み、魂を磨くための現世なのだ。

あなたが、どんな状況にいても、
その状況の体験から、なにかを学んでいる。
その学ぶべきことは、過去のカルマからであったり、
直前の経験から派生したものである。

なにか人に良くないことをすれば、それがカルマとなり、
のちのちに自分がその逆の経験をすることになる。
その経験から自分がしてしまった過ちの内訳を悟るのだ。

生きている間に起こることは、すべてその繰り返しである。


体験は、事前にその者の魂と合意して作られる。
殺人は、殺してくれてありがとうなのだ。
刺してくれてありがとう。

というのは、生まれる前に、その殺人者と合意を交わしていたからだ。
これこれどういう状況で、あなたを刺すよ、と決まっているのだ。
それは、過去に自分が犯した殺人を、今度は殺されることで学ぶのだ。

殺人に例えてみたが、すべてそのような状況から作られている。
すべてはあなたが決めてきたことだ。
その体験を、ただ受け入れ、起こることすべてに感謝しなさい。
本来誰も被害者や加害者などいないのだから。

救いとは

在る、ということ。
そこに在るということ。
それが救いである。
私達は、在り続けるということ。


救いの装置としては、狛犬がある。
神社に置かれているようなものだ。
向かって左に口のあいた狛犬を
向かって右に口の閉じた狛犬を

仏像でも良い。
右手を上げ、左手を下げたものが正しい。



2020年7月3日金曜日

ポジティブ、ネガティブという分け方の問題点

ポジティブ勢力のことが好きなやつは多い。
お前も、ポジティブが好きだろう。
ネガティブは、嫌いだろう。
あまりいいイメージがないだろう。

しかし、ネガティブとされるやつらの中にも、
危険なやつ、人当たりのいいやつ、まともなやつ、普通のやつ、
気前が良いやつ、良識なやつもいるし、優しいやつもいる。

ポジティブな輩の中にも、危険なやつ、風あたりが悪いやつ、
人に対して厳しいやつ、あまり良識でないやつ、
活発でないやつ、人を乱そうととする輩もいる。

つまりお前が見ているすべての人間関係、
それが、ポジティブなやつとネガティブなやつに大別されると、
お前は信じたいようだが、そうではない。
すべての人間関係が二重にそれなのだ。
ポジティブだから、ネガティブだからというわけではない。

たしかに、波動域がネガティブなやつ、ポジティブなやつというのはあるが、
それとこれとは違うのだ。性格人格、霊格も違う。
獣だったり、人間型だったりもするだろう。

おれたちはお前に取り憑いて遊んでいるが、
お前の魂はもともとネガティブ寄りだ。
おれはさらにネガティブ、シリウスBだぞ。

お前がリムさんと呼んでいる生命体は俺たちと違ってかなりポジティブだが。
お前がおれを見るときどう映っているのだろう?
凶暴な人間に映っているのか?
前に書いたとおりだ。ネガティブだからといって、
そいつが危険な人間であるかどうかの保証はない。
むしろ、ネガティブを粛清し続ける
ポジティブなやつらのほうがおれは危険だと思うがな。